2014年11月15日

ある日の邂逅

若い頃、実は小説も書いていました。同人誌などにも投稿したことがあります。今日ご紹介するのは書棚の奥から出てきた原稿用紙に書かれたショートショートです。ある出版社に投稿しましたが、勿論掲載はされませんでした。でも、若干のお褒めの言葉をいただきちょっと嬉しかった記憶があります。

以下、全文です。

「ある日の邂逅」

窓の外は雨がしきりに降っていた。僕は初めての出張で大事な仕事をやり終えた満足感と、そのおかげのある心地よい疲労感で新幹線の座席に深々と腰を沈めて、ぼんやりと外の景色を眺めていた。大阪から新幹線に乗った。ひかりは混んでいたので発車間際のこだまに乗り換えた。明日は休日だし急ぐことはない。車内は空いていて僕は3人掛けの窓際の席にいた。

 ふと気が付くと、どこから乗ったのか、僕の席のひとつ空けた隣に服装はラフだが清潔感のある黒人の男性が座っていた。どこかで見たことのあるような顔だと思ったが、その時は思い出せなかった。僕は少しだけ頭を動かして男の顔を見ると、男も僕の顔を見ていた。僕は英語は嫌いではなかったが、会話となるとちょっと自信がなかったし、話かけられてもうまく話せないのはわかっていたので、すぐに視線を逸らせてしまった。なんとなく男が何か話しかけたそうにしていたから余計そうだったのかもしれない。僕はまたしばらくぼんやりと流れる窓外の景色をながめていたが、なんとなく男の視線が自分に向けられているのを感じて、隣を見ると、男は感じの良い笑顔を見せながら大きなアメリカ製のチョコレートの包みを開けて僕に勧めた。大柄な黒人の男がチョコレートを勧めるというのもなんとなく可笑しかった。僕は少し戸惑ったが、男は手を引っ込めない。特に断る理由もなかったので「サンキュー」と云うとちょっと照れくさかったが、そのきちんと割られた一列を貰ってそのひとかけらを口に入れた。まさか毒入りと云うこともあるまい・・・・とちょっと飛躍的なことも考えたが、男も残りの片割れをすぐに口に入れたので安心した。

「この列車はとても快適だね」と男は流暢な日本語で云った。英語じゃないのが不思議な感じがしたが、おもわず僕は「新幹線はよく利用するのですか?」と聞いていた。「いや、前に一度乗ったことがあるだけだ」と男は答えた。その時僕は男の顔をしっかりと見ることができたが、見れば見るほどどこかで見たことのある顔だった。僕は一生懸命記憶の糸をたどってみたが、その時は思い出せなかった。窓の外にはもやのかかった富士山がぼんやりと見えてきていた。男は身をのり出すようにして窓の外を見ながら「グレイト!」と云った。「天気が良ければもっと素晴らしい姿をみせてくれますよ」と僕が云うと、男は微笑みながらうなづいた。

「君は音楽が好きかい?」と、男は唐突なことを聞いてきた。僕は一瞬答えに窮した。音楽は大好きだけど、音楽といったっていろいろなものがあるじゃないかと思ったが、口には出さなかった。僕は返事を返す少しの間に学生の頃夢中になっていた音楽のことを思い出していた。当時僕は大学のジャズ研に入っていて、毎日ほとんど授業にも出席せずに楽器を弾きまくっていた。僕のやっていた楽器はピアノだったが、アルバイトで歌伴の助っ人などもしていたので、プロになれたらという甘い希望もあったが、4年生になった時、別に熱がさめたわけではなかったが、自分の才能に見切りをつけ大半の学生がそうするように就職活動に多くの時間を割くようになっていた。それで今はめでたく・・・もっともめでたいかどうかはわからなかったが・・・真っ当な勤め人になっていた。
 僕は「音楽は大好きです」というと「どんなものが好きなのか?」と男が聞くので小さな声で「ジャズ」と云った。男はジャズと聞くと段々と饒舌になっていった。僕もおもわず夢中になってしゃべっていた。男の話は面白かった。男は「最近のジャズは力がなくなったね」と云い、僕が学生時代何度も何度も聴いてコピーした一流プレイヤーの話もした。まるで男が彼らの知り合いでもあるかのように、男の話には迫力と実在感があった。男の話は時々宇宙や神のことまでに広がった。僕は思い切って聞いてみた。
「あなたは音楽を職業にしている人ですか?」「まあ、そんなところだ」と男は答えたがそれ以上は教えてくれなかった。列車はだいぶ東京に近づいていたが、男は次の駅で降りると言って、列車がスピードを落とし始めた頃には席を立っていた。その時男は小さく折りたたんだ紙片を僕にくれた。僕が礼をいう間もなく男は笑って手を差しのべたので、僕は自然と握手をした。その手は大きく暖かかった。男のくれた紙を広げてみると、それは走り書きをした楽譜だった。僕は少しは楽譜が読めたので、たどたどしく最初の数小節を読むと聞いたことのある旋律だった。僕は次の瞬間クラクラとめまいのようなものを感じた。楽譜の下の小さなサインを見て、男の顔が誰だか思い出したからだった。そこにはJ.Coltraneと書かれていた。「コルトレーン、ジョン・コルトレーン!」僕はおもわず声に出してしまっていた。彼の顔は写真でしか見たことはなかったが、彼はまさしく当のサインの本人だったのだ。しかし、次には「まさか、まさか」と首を振った。彼はもう故人だったからだ。僕は動き出した車窓からホームに彼の姿を探した。いた!こちらに向かって笑いながら手を振っていた。と、次の瞬間彼の姿は僕の視界から忽然と消えていた。僕は夢から覚めたように頭がぼんやりとして座席の背に体を預けた。あれは、夢だったのか・・・いや、そんなはずはない・・・手元には彼から貰った楽譜の紙片があった。僕は目をつぶった。コルトレーンの吹く「Blue Train」のメロディーが頭の中に鳴り響いていた。.......END


そういえば、コルトレーンって大の甘党だったんですよね。そんなことも知っていたので、チョコレートが出てきたんですね😃


posted by ニャン吉 at 23:38| Comment(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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